Saturday, September 4, 2010

長崎 古賀人形




長崎に行くたびに少しずつ買い足している「古賀人形」。昔は何の興味もなかったが、ふと気になり好きになってしまった。歳を取ってものさしが変わったんだと思う。今回は左手前の「お猿さん」と右奥の背の高い「オランダさん」。全部で数十種類あるそうで、気に行っている順にチビチビ集めているところです。

以下「長崎んことかたらんば」より抜粋。

"古賀人形は長崎市の郷土人形で、京都の伏見人形、仙台の堤人形とともに「日本三大土人形」に数えられている。長崎の古賀人形は、他の土地の土人形と違い、外国文化を取り入れた、独特のモチーフで作られていた。

古賀人形の由来は、古賀人形に添えられている栞によると、天文年間(1532~55)大村藩士であった小川金右衛門が、古賀村で農業を始め、3代目の小川小三郎の代に、京都の土器師(はじし)常陸之介が日本漫遊の途中に小川家に滞在して、土器製造の秘法を教えた。小三郎は農業のかたわら副業として神仏用の土器を作り、晩年には小さな人形をも作り始めた。

天和年間(1681~4)6代目、喜左衛門の代には土器製造の師範として肥後国に招かれ、同地の人形の状況を視察、古賀人形の発展につくした。その頃より、オランダ、中国などとの貿易が盛んとなり、九州の諸大名は「長崎詰め」を置くようになる。

その折り、長崎港への街道筋にあたる古賀村(現:長崎市中里町藤棚)の「小川家」は休憩所となり、帰りの武士は土産に「古賀人形」を求めたという。

文化年間(1804~18)小川金兵衛時代より、三月の雛祭り用の人形を作り、販路を大いに拡張した。明治42年頃には一族三家で製造していたが、その後、今の小川家1軒となった。

古賀人形の伝統は現在、18代目小川亨氏と19代目の憲一氏によって制作されており、すべて手作業による制作。"

No comments: